「幸せになりたいと思っているのに、
もどかしい感じがする」
「うまくいきそうになると、
『本当にうまくいくのかな』と感じられる」
そんな感覚を抱えながら、
自分を責め続けている人は少なくありません。
もしかすると、あなたも一度は
「今のこの苦しさは、
家族との関係にあるのだろうか?」
と、考えたことがあるかもしれません。
このページでは、
その問いに答えを出すことを目的にしません。
ただ、
どんな家族との関係の中で、どんな感覚が身についていったのか
そこを丁寧に見ていきます。
自分で選んでいるのに、どこか落ち着かない
大人になった今、
私たちは多くのことを自分で選んでいます。
仕事、住む場所、付き合う相手、
日々の小さな判断。
それなのに、
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決めたあとに不安が残る
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「本当にこれでよかったのか」と何度も考えてしまう
-
誰かに許可を取っていない感じがして落ち着かない
そんな感覚が消えないことがあります。
これは、
判断力や意志の問題とは限りません。
実家で身についた「選び方の癖」
子どもの頃、
家の中でこんな経験はなかったでしょうか。
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自分の気持ちよりも、「空気を読む」ことが大切だった
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自分の考えより、親や家族の期待が優先された
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「あなたのため」と言われながら、親が決めていた
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「やりたい」ことよりも「正しいかどうか」が問われた
こうした経験が重なると、
人は少しずつ、
「自分で選んだ」という感覚を
持ちにくくなっていきます
それは誰かが悪かった、という話ではありません。
ただ、そういう関係の中で生き延びるために
身につけた反応 だった、というだけなのです。
幸せが「重たく」感じられる理由
「自分で選んだ」という感覚が持てない・・・そんな感覚が残っていると、
「幸せ」に手を伸ばそうとするたびに、何かに足を引っ張られる感じになります。
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うまくいっているのに、不安になる
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これ以上進んでいいのか迷ってしまう
-
誰かを置き去りにしている気がする
つまり「幸せ」というものが、どこか重たく感じられる。
どうしてでしょうか。それは、
幸せになることが、
どこかで「後ろめたいこと」として
体に記憶されているから
かもしれません。
頭ではもう関係ないと分かっていても、
体や感覚のほうが先に反応してしまう。
そういうことは、珍しくありません。
原因を決めなくていい
ここで大切なのは、
「家族のせいだ」と結論づけることではありません。
また、
「もう関係ないはずだ」と切り離そうとすることでもありません。
扱っているのは、
どんな環境の中で、
どんな感じ方・選び方が
繰り返されてきたのか
という視点です。
同じ場面で、
同じ迷い方をしてしまう。
同じところで、立ち止まってしまう。
そこには、
意味のあるパターンがあります。
「幸せになれない」のではない
ここで、言葉を一つ置き換えてみてください。
❌ 私は幸せになれない
⭕ 私は、幸せを選んだと実感しにくい
このふたつは、まったく違います。
あなたに欠けているのは、
能力でも、努力でも、性格でもありません。
「これは私の選択だ」と
体で感じられる経験が、
十分に積み重ならなかっただけ
かもしれないのです。
このページが目指していること
このページは、
-
正解を教える場所でも
-
迷いをなくす方法を示す場所でもありません。
ただ、
なぜ「自分で決める」という行為が、
これほど不安を伴うのか
その構造を、
あなた自身のペースで見ていくための場所です。
自らが進んで何かを選ぶ・決めるという感覚は、
一度に取り戻すものではないでしょう。
小さな場面で、
「今のこれは、自分の感覚に近い」
そう感じられる瞬間を、
少しずつ重ねていくものです。



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