毒父は変わるのか?
「私は父親とまともに会話をしたことがありません」
かつて、このように悩みを打ち明けてくれた息子の相談者がいました。
家族をかえりみなかった父親。あまつさえ家族を思いやり愛してくれなかった。
暴言や暴力をふるうたびに、この息子さんは身体を張って来たそうです。
「そんな父親は、変わってくれるのでしょうか?」
このように相談者は口にするのでした。
ウチの親は変わるのか? このままの人なのか?
このように考える娘・息子は多いものです。
2つのパターンが考えられます。
ひとつが「変わらない」
ふたつめが「変わったように見えるだけ」
では、それぞれについて以下に解説していきましょう。
毒父は変わらない
「釣った魚に餌をやらない」・・・つまり、家族の世話をまったくしないばかりか、迷惑をかけるのが毒父の特徴です。
そんなことでは、家族から見放されて離婚されるのでは? と思いますよね。
しかし毒父というのは、安心しきっているのです。
だからふてぶてしい態度を家庭内でとれるのです。
家族がいくら困っていても平然としていられるのが毒父ですから、そんな彼に自分を変える意思は毛頭ないのでは? これが私の考えです。
では、なぜ「釣った魚に餌をやらず」「家族から嫌われているのに」平然としていられれるのか?
それは、我が国は男性優位社会だからでしょう。
会社の役員には、いまだに男性が多く占めています。
大学を優秀な成績で卒業した人の性別は女性が過半数なのに、大学の教授の多くは男性だったりします。
国会議員のほとんどは男性です。
そうした現実において、男性ほど「あるがままに生きる」ことができると言えないでしょうか。
男性は、勝手に生きることができやすい。
つまり女性に比べて、あるがままに勝手に生きることが許されるのが男性でしょう(すべての男性がそうだとは言ってませんよ)。
あまつさえ他人の視線にさらされない家庭内において、毒父ほど身勝手になれるのではないでしょうか。
かつて、こんな悩みを私に打ち明けた女性がいます。
「私の旦那は、私が子育てに困っていても進んで助けてくれません。
私と幼子と一緒に帰宅してほしかったのに『地域の祭りのメンバーと過ごしたいから』と旦那はいうのです」
男性はホモソーシャルという「男性同士の結びつき」に逃げ込むことができるのです。男性‐父親は家庭に向き合わずにすむのです。
向き合うべき家庭に対して男性は、目を背けやすい。
仕事ばかりして家族をほったらかしにする「男性である毒父」に良い父親になって欲しいと願っても、期待が裏切られるのではないでしょうか。
「男は結婚できて一人前」という言説が、我が国には存在しています。
「昇進したければ独身のままではね。独身だと信用がないんだよ。だから昇進のために結婚してほしい」と上司から言われた社員は少なくありません。
だとすれば、男性は結婚できただけで「ひと安心」するのかもしれません。
ならば、結婚できたことで、多くの男性は自己肯定感を上げることができるのかもしれません。
なので、結婚後の男性は結婚しただけで安心できるので、「釣った魚に餌をやらなくなる」のかもしれません。
そうであるならば、毒父ほど家族のために自分を変えようとはしないでしょう。
変わったように見えるだけ
そんな男性‐父親が変わったように感じられる時期があります。
それが老後です。
老後の父親は、気持ちが弱くなっているので変わったように見るのです。
「あの人、若い時とちがって、丸くなったわね」と、よく聞きませんか?
つまり歳を重ねると、おとなしくなって丸くなるというわけです。
しかしそれは、性格や人格が変わったのではないのです。
年老いて体力が落ちるとたいてい、人は気力が低下して、おとなしくなるものです。
年老いた毒父は、おとなしくなっているように感じられる。
けれど、家族の気持ちを思いやることができるかどうかは疑問です。
私の意見ですが、毒父は歳を重ねても本質は変わらないと思います。
たとえ変わったように見えても、それは加齢ゆえに力が失いつつあるだけ、だと。
私の父親は、70歳を越えても家族への配慮がまったくできません。
自分の配偶者が重い病気なっても、「うるさい!」と一喝する人です。
自分の妻の異変に気づいていても何もしない人であり、息子の私に相談すらしません。
社会的に見て、父親は年老いておとなしい人なのでしょう。
しかし毒父であるのは変わりないのです。
むしろ毒親は、歳を重ねるごとにその毒は濃くなるように私は思えます。
「自分の息子の自慢話を滔々と語る」70歳オーバーの男性を私は時折、見かけます。
人生の大先輩なのに平気で家族自慢をするのを見るにつけ「人間って歳とっても偉くないんだ」と私は思うのです。
人間は、歳を重ねると、英知に満ちた存在になれる保証はありません。
あまつさえ毒父は、歳をとっても変わらないでしょう。
もし、あなたが「お父さんは変わってくれるかな」と期待をしているのなら、私はこう伝えたい。
「親に期待する代わりに、あなたは自分自身を生きよう」と。
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