「結婚したい気持ちが湧かない…」
周りから「どうして結婚しないの?」と聞かれても、答えに詰まってしまう。
そんな違和感を抱えたまま、私は長い時間を生きてきました。
しかし、今の私はこう思うのです。
- 「結婚したい気持ちが持てない」のは不自然ではない。
- 結婚願望のなさの理由を機能不全家族に求めるのは無理がある。
- 「人は恋愛をして結婚するものだ」と考える人が多数派だからこそ、私自身の結婚願望のなさを気にしてしまうのだ。
本文では、結婚への感覚を受け入れるやり方についてもお伝えしています。それではお読みください。
私の生い立ちと「結婚願望のなさ」
私が生まれ育った場所は、機能不全家族でした。物心がついたころ、結婚したいという願望は私の心に芽生えませんでした。大人になって歳を重ねても、その気持ちは訪れませんでした。
独身生活を謳歌したいから?いいえ。ただ、結婚したいという願望が芽生えなかっただけなのです。
「どうしてなの?」と理由を問われても返答に困ります。実際、ある女性から「なぜ結婚しなかったのか?」と真顔で尋ねられた時、私は言葉に詰まりました。
私が独身であることに、彼女はとても不思議がりました。彼女の周囲では、私みたいな独身の男性はいないそうです。
「恋愛はしたことあるのですか?」と、彼女は重ねて聞かれ、「あります」と答えると、「それじゃあ、なぜ結婚しなかったの?」と、さらに詰め寄ります。
彼女からすれば、恋愛をして結婚をするのは当然のプロセスなのでしょう。それだから、私みたいな存在は理解に苦しむのだと思います。
親のせいにできるのか?それとも…
「なぜ、結婚しなかったのか」。この問いに答えることは、私のセンシティブな生い立ちに触れることになります。
- 幼い私は、母親からなんども「半分にちぎった結婚写真」を見せられてきた。
- 狭い家の中で、毎日のように両親は大喧嘩をしていた。
- 親戚同士のいがみあい。
- 幼いころから、父への愚痴を母からずっと聞かされてきた。
こんな経験を、むやみに他人に語りたいとは思いません。語ったところで、「ウチも両親は喧嘩していたけど、私は結婚したわよ」と返されるのがオチでしょう。
「結婚しない理由を親のせいにしているだけじゃないの?」と問われるかもしれません。
そんなふうに問われても、私は答えようがありません。本人である私でさえ「なぜ結婚に興味がないのか」への答えを持っていないのです。気づいたら、そうなっていたのですから。
機能不全家族に結婚願望を持てなかった理由を求めることはできます。しかし、私はもうひとつ別の人生を生きることはできません。「あの家族のせいで、結婚したい気持ちが持てなかったのだ」と比較検証するのは不可能です。
だから、結婚に興味が持てないことを、全面的に実家のせいにするのは無理があるのです。
もしかして、私の性質という辞書に「結婚」の項目がなかっただけなのかもしれません。
つまり、私に結婚する気持ちがない理由を、すんなり答えるのは難しいのです。
結婚しないことに向けられる視線がつらい
世の中の多くの人は「人というのは恋愛をして、結婚をするのが当然だ」と信じています。
だから、結婚願望がなくて独身を続けている私に「なぜ?」と問わずにはいられないのでしょう。
もし「結婚願望がない人」が多数派であれば、「どうして結婚をしたの?」と尋ねられることでしょう。しかし現実はそうではありません。
「結婚したいと思うのは当然だ」という多数派に、少数派はわざわざ説明を強いられます。「なぜ、結婚していないのか。どうして、結婚する気がないのか話してほしい」と。
その度に、私は多数派の言説の中に、唯一無二であるはずの自分の存在を封じ込められる感じがするのです。
「なぜ?」という問いに上手く答えられないことで、「自分は普通ではないのかな」と生きづらさを感じることがありました。
「結婚に興味が湧かない」のは不自然なことではない
「結婚願望がない」のは不自然なことではありません。
「どうして、私は結婚したいと思えないのか?」と、とまどう必要もないでしょう。
その理由を探ることもないでしょう。
結婚する気持ちがない理由を、はっきりさせなくてもいいのです。
「わからない」でいいのです。
すんなり答えられるほど、人生とは単純なものではありません。
すべての問いに答えられないほど、私たちの人生は厚みがあるのですから。
「わたし」のすべてを言葉で表現できるわけではありませんよね。
言葉にならない未消化の何かを、この「わたし」は包含しているはずですから。「なぜ、未婚なの?」という問いにすんなり答えられないのは、なにも不思議なことではありません。
実家が機能不全家族だった。それゆえに「結婚に興味がない」と考えることもできるかもしれません。
しかし、私たちは生まれる家庭を選ぶことはできません。その家庭に「結婚願望のなさ」の原因を求めると、「どうすることもできない」とかえって思い悩んでしまうでしょう。
思い悩む代わりに、「今のところ私は結婚したい気持ちになれないだけなの」と考える方が、自分の人生を受け入れやすくなるでしょう。ずっと生きやすくなるはずです。
「結婚しない人生」も私の選択肢のひとつとして受け入れる
多数派からの「なぜ、あなたは・・・」という質問に無理をして答えてやることもないでしょう。多数派からすれば理解しきれない世界を私たちは生きてきたのですから。
多数派の価値観に沿った生き方をする代わりに、この「わたし」を生きることを選んでみる……私の人生は私しか歩めないから。
「どうして自分は結婚する気持ちがないのか?」という問いを持たされているに過ぎない、と考えてみましょう。
今のところ、少数派になっているだけだと考えてみるのです。
さらに、結婚願望がないことは不自然なことではないと、知ってほしいのです。
そして同時に、「結婚しない人生」も選択肢のひとつとして受け入れることもできるかもしれません。
最近の私は、こう思うのです。
「私のことをかんたんに理解されたくない」と。
多数派の文脈・言説でもって「唯一無二の私の人生」を理解されたくないのです。
多数派は今日もまた言うかもしれない。「恋愛して結婚するのは当然だよ」「結婚こそ幸せなんだよ」と。
そして「なぜ、独身なの?」と首をかしげながら質問してくるだろう。
そんな声を聞き流しながら私は、こう思うでしょう。
「めんどくさい人たちですね」
米国催眠士協会認定ヒプノセラピスト
わたなべいさお
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