共依存克服のための「3つのステップ」

「すいません」これはかつての私の口癖です。

人から物をもらっても「ありがとう」と言えばいいのに、口から出てくるのは「すいません」という言葉でした。

お世話になっても「すいません」

人から親切にされても「すいません」

ありがとうではなくて、すいませんと言ってしまう私でした。

「すいません」と、つい言ってしまうのは、「私のせいで気を使わせてごめんなさい。申し訳ありません」という気持ちが強かったからです。

嬉しいという自分の気持ちよりも、相手に気を使ってしまうわけです。

だから「ありがとう」といえず、「すいません」と言ってしまうのでした。

相手に気を使ってばかりの私は、自分に自信がありませんでした。

「私はダメだ」「私は悪い」と思い詰める私は、自己卑下が強かったのです。

そんな私が嬉しくなる瞬間がありました。

他人から認められた時、私はとても嬉しくなるのでした。

しかしその嬉しさは長続きしないのです。またいつもの自己卑下をする自分にもどってしまうのです。

だから、いつも他人を喜ばすことばかり考えていました。

他人が私と一緒にいることで、喜んでくれるのが自分にとっていちばんの喜びでした。

他人の役に立つ自分でいたかったです。

子どものころだったら、学校の先生に褒められるために頑張りました。

友達に好かれたくて、嫌われないように気を使いました。

会社では、上司の役に立たない自分を情けなく思いました。

人生の先輩たちから、かわいがってもらいたくて、彼らの言うことすべてに従いました。

しかし、私の心はなぜか沈んでばかりでした。

頑張っても報われない想いに、むなしくなっていました。

いつも孤独で、さみしくって、憂鬱でした。

けれど他人に会うと、すぐに明るく元気になるのです。

でも、みんなと別れると、ひとりぼっちの寂しさに苦しくなるのです。

だから、早くみんなに会いたくなるのです。

けれど、みんなは私のことを「何でも言うことを聞くヤツ」とみなしていたのでした。

ですから、私は人から無理難題を押し付けられたものです。

けれど、私はそれを断りません。すぐに従ってしまうのです。

なぜなら、みんなに認められたいから。

みんなから認められた時だけ、自分は満たされるから。

・・・そういう私は共依存でした。

共依存とは「他人のために生きることで、自分を見失っている」状態のことです。

「自分は相手次第」であり、「自分が何をしたいのか。わからない」のです。

たとえば、、、

  • 「家族の問題解決の肩代わりをしている」
  • 「他人の期待と要求にこたえることに一生懸命になっている」
  • 「他人の顔色を見ながら、自分の発言や行動を決める」
  • 「自分のことがわからない。どこまでが自分なのかわからない」
  • 「他人に嫌われたくないので自分の正直な意見が言えない」
  • 「自分が何をしたいか。何を感じているか。わからない」

まとめると、共依存の特徴は以下の3つに分類できます。

  1. 自分の欲求や感情がよくわからない
  2. どこまでが自分なのかわからない
  3. 自己評価・自己肯定感が低い

では、共依存から抜け出すには、どうすればいいでしょうか?

共依存を克服するためには、次の3つのステップがあります。

  1. 「自分の感情に心を向ける」
  2. 「自分と相手との境界線をつくる」
  3. 「今の自分を認める」

共依存の人は、自分の意識が他人に向いています。

よって共依存をやめるために、自分の感情を感じるようにしましょう。

「自分は他人次第だ」という自分と他人が一体化している状態から、自分と相手との境界線を作りましょう。

今の自分を認めることで「自分は他人次第だ」という自分を見失っている状態から抜け出しましょう。

では、今から、、、

  1. 共依存3つの特徴
  2. 克服のための3つのステップ

それぞれについて解説していきます。

共依存3つの特徴

共依存の特徴は以下の3つに分類できます。

  1. 自分の欲求や感情がよくわからない
  2. どこまでが自分なのかわからない
  3. 自己評価・自己肯定感が低い

それぞれの特徴について事例をあげて解説します。

次にあげるケースは、私が相談に応じた複数の方々の話を再構成したものです。

共依存の特徴1 「自分の欲求や感情がよくわからない」

Dさんは彼氏に何度も浮気されています。

けれど自分の辛い気持ちを伝えることができません。

彼氏から誘いのメールがあると会いに行きます。

ひとりで自室にいる時、ふと「今頃、他の女と会っているのかな」と想像します。

寂しくて、むなしくて、どうせ私なんか見捨てられるのだ、と心を沈ませます。

でも、別れることができないのです。

今までの恋愛でも、空虚感で心が引き裂かれそうな想いを繰り返してきたのです。

Dさんは、自分はどう感じているか、自分の気持ちがわかりません

だから自分の気持ちを彼氏に伝えることができないのです

そして、自分はこれからどうしたいか、という欲求がわかりません。

だから、自己犠牲的な恋愛をしてしまうのです。

きっぱりと浮気を繰り返す彼氏と別れて、自分を大事にする選択ができないのです。

このように「自分が何をしたいか、どうしたいのか、何を感じているのか」よりも、相手が何を望んでいるかばかり気になるのです

だから自分の辛い感情を抑圧して、彼氏から誘いのメールにこたえようとします。

相手に悪い気がして断ることができないのです。

自分の思いは後回しなのです。

彼氏の期待と要求のために頑張り続けるのです。

頼まれると断ることができないのも「共依存の人の特徴」です。

なんとなく自分自身の将来が見通せないという感覚にさいなまれる。

はたして自分はどうしたいのか。

どうなりたいのか明確にイメージできない。

それは、自分の欲求やニーズがわからないからです。

共依存の特徴2 「どこまでが自分なのかわからない」

Aさんは税理士事務所に勤務しています。

長年、心が沈みがちで抑うつを感じています。

ある日、会社から帰宅したとたん、玄関で体が硬直して動けなくなりました。

次の日、会社を休んで休養すればいいのですが、それができません。

Aさんは会社では優秀で真面目な人という評価をもらっています。

面倒見もよくて、後輩の悩みを聞いて、夜遅くまで相談に乗ります。

同僚が困っているとほっておけません。

残業をしている社員を置いて先に帰宅することができません。

自分だけ、先に帰って休むのが申し訳なく感じるからです。

後輩から頼られる自分を気に入っています。

だけど、いつも自分の心身の疲弊は放置されたままです。

ある日、上司からこんなことを言われました。

「新入社員の面倒を見てやってくれない?」

「部下のお客さんが怒っている。謝りに行ってくれないか?」

Aさんは、もうへとへとで疲れ切っています。

それなのに、上司の指示に従うのです。

休日返上で、他人が責任を負うべきトラブルや業務の処理のために働きます。

Aさんのような他人のために尽力する人を日本社会では偉い人、優秀な人だと称揚します。

だからAさんは、ますます休めません。

他人が困っている姿を見ると「私がどうにかしないといけない」と焦るのも共依存傾向のある人の特徴のひとつです。

それは相手の問題を自分の責任のように感じるからです。

つまり、自分と相手の境界線がきちんと引かれていないのです。

「自分がわからない時がある。何が自分で、どこまでが自分かわからない。

誰かの役に立って、必要とされて助けてあげる。

そして『ありがとう』と喜んでもらえた時、自分のことが実感できる。

私はいてもいいのだと思う」

そのようにAさんは言うのです。

職場の人間関係や恋愛関係、夫婦や親子関係において、次のように考える人がいます。

  • 相手にとって必要とされたい。
  • いつも正しくなければいけない。
  • 間違ってはいけない。失敗すると自分は見捨てられるかも知れないから。
  • 愛されないと、いられない。
  • あの人の一番でいたい。

これらの言葉に自分と相手の間に境界がなくて、相手と一体化したくて必死に頑張っている様子が読み取れませんか?

どこまでも相手のために頑張るならば、体がもたないでしょう。

そして「自分をなくしている状態」共依存になるでしょう。

しかし「私だけ楽しんではいけない」と思ってしまう。

自分をリラックスさせる時間をつくることができないのです。

共依存の特徴3 「自己評価・自己肯定感が低い」

Hさんは愛想が良くて明るい方です。

職場ではムードメイカーです。

同僚を楽しませるのが得意です。仕事も順調でした。

そんな彼に上司が「ある企画のリーダーになってくれないか?」といってきました。

考えたあげくHさんは申し出を断ったのです。

なぜならば、

リーダーの責任を重荷に感じると、ふと急に自信がなくなって、力が失速してしまうからなのです。

実家暮らしですが、両親とは疎遠です。

趣味も楽しみもないので、休日がとても苦痛です。

周りの目からみたらそうは思えないのですが深い孤独感を抑えて生きているのです。

Sさんはママ友の輪に入ることができません。

自分から話をすることができません。

周りからどう思われるか気になるからです。

家に帰ると頭の中で反省会が始まります。

「あの時、こういえば良かった」「なぜ、あんなことを口走ったのだろう」と、後悔します。罪悪感さえ覚えます。

そんな自分が情けなく思えて、自分を過酷に責めます。

ずっと昔から自分のことが嫌いなのです。

友人も少ないです。今まで、とても寂しかったです。

けれど、人を信頼することができないのです。

このお二人は 自己評価・自己肯定感が低いといえるでしょう。

ありのままの自分を認めることができないのです。

他人の自分への評価がすべてなのです。

だから言いたいことが言えませんし、行動をする前に考えすぎてしまって、身動きが取れなくなるのです。

評価がもらえないと、自分は無能であり価値がないといった極端な自己評価を下してしまいます。

だから、「私はダメだ」と思いがちであり、ありのままの自分が他人にばれるのが怖いと思う人もいます。

その不安や恐れを埋め合わせるように、資格取得の勉強や仕事に全身全霊を捧げます。

されど心はいつも焦燥感にかられています。

「自分はここにいてはいけない」と集団のなかで居心地の悪さを覚える方もおられます。

共依存克服のための「3つのステップ」

ありのままの自分を取り戻すために、共依存から抜け出しましょう。

そのために次の3つのステップを用意しました。

  1. 「自分の感情に心を向ける」
  2. 「自分と相手との境界線をつくる」
  3. 「今の自分を認める」

では、3つのステップについて、くわしく見ていきます。

「自分の感情に心を向ける」

共依存に悩んでいる方は、こう言います。

「自分が何をしたいのか。何を感じているのか。わからないのです」

つまり自分自身の欲求や感情がよく分からないのです。

なぜそうなるのでしょう。

それは自分の意識の焦点が、他人の感情ばかりに当たっているからです。

ですから、まずは自分自身の心に意識を向けてみましょう。

そのためには感情を正直に感じることが必要です。

もし、感じにくいのでしたら、心の痛みを感じたくないのかも知れません。

共依存の人は、自分の心の痛みを感じたくないので、

心の痛みを麻痺させる行動を取るのです。

共依存の人は、たとえばこんな行動をすることで心の痛みを忘れようとします。

  • 家族が抱える問題解決に没頭してしまう
  • 恋愛にのめり込んでしまう
  • アルコールや薬物、買い物やギャンブルで気分を紛らわす

家族の問題にのめりこむことで、自分の心の痛みを忘れようとします。

恋愛にのめり込んで、ずっと恋人のことを考えることで、心の痛みを忘れようとします。

お酒を飲んだりすることで、憂鬱な気持ちを忘れるのです。

こうした「自分の心の痛みを忘れる行動」のことをアディクション(嗜癖)といいます。

共依存はアディクションを生みやすいことを知っておきましょう。

何かにのめりこんでいることに気づいたら、自分の心に感情を向けましょう。

感情を感じることで、深い悲しみに気づくかも知れません。

しかしながら、共依存から抜け出すためには、深い悲しみなど心の痛みに向き合うことが必要です。

深い悲しみに目を背けて、他人のことばかり考えていませんか?

恋人の態度に一喜一憂ばかりしていませんか?

そうであるなら、自分の感情を感じましょう。

今までは他人に向いていた意識を、自分自身に向けるのです。

そして自分が欲しいこと、望んでいることを感じましょう。

あなたが「自分の欲求や感情がよくわからない」のでしたら、自分にとって健康的な欲求、ニーズを知るようにしましょう。

趣味でもいいでしょう。ただ1日、好きな音楽を聴くのもいいでしょう。

自分で自分の欲求を満たす趣味、愉しみなどを探すこと。

そして、それを自分のためにやっていきましょう。

「自分と相手との境界線をつくる」

自分を失くしている状態から自分を取り戻すためには、相手と自分との境界線をつくることです。

Aさんのように、相手と自分の問題がごちゃまぜになっていませんか?

際限なく自分の責任の範囲を広げていませんか?

これは「責任の境界」があいまいだからです。

また、しっかり休みの日をつくれていないのも、自分の時間をすべて会社によって占められている状態です。

もし、休みなく働いていたら「仕事の時間」と「自分のための時間」を区別しましょう。

つまり「時間の境界」を意識することで「私のために使われる自由な時間」が確保できます。

職場の時間と、プライベートな時間を区別しましょう。

また、たとえば「他人の問題」を解決するために一生懸命になってしまうならば、、、

責任の境界」を確保しましょう。

他人の責任と、自分の責任をはっきりと区別しましょう。

境界には「お金の境界」があります。

共依存の方は、お金を家族や他人に、すぐに貸す人が多いです。

そして、貸したお金を返してもらっていない人が、結構いらっしゃいます。

「お金の境界」ができているというのは、自分のお金の使途の決定権は自分にあることです。

頼まれたからといって、お金を貸す必要はありません。

友人・恋人にお金を貸さないことで、関係がおかしくなるなら、そんな人間関係はおかしいと思いますよ。

たとえ友人・恋人からの要求であっても、あなたが嫌なら断ってもいいのです。

自分が嫌なことは「やりたくない」と断ることで、より誠実な友人関係が作られます。

もう良い人になろうとしなくてもいいのです。

認めてもらいたくて、無理をして頑張る必要はありません。

いつも常に、他人の期待と要求にこたえなくてもいいのです。

自己を犠牲にしてまで、相手の問題を抱え込まなくてもいいのです。

自分を大事にすることで自分自身の輪郭=境界ができるのですから。

「今の自分を認める」

「自分はダメだ」と思い込んでいませんか?

「周囲から認められない自分は価値がない」と考えていませんか?

まったく自分はダメだと全否定してしまうと、どうなるでしょう。

自分の考えを信じられなくなります。

そして他人の意見に従ってしまいます。

つまり共依存・・・他人の考えや意見ばかり気にするようになります。

ですから「今の自分を認める」ことは、共依存から抜け出すために大切なことです。

もちろん会社などで仕事をしていると、他人はあなたの実績や業績で価値を決めるでしょう。

ですが、あなたを実績や業績で判断しない人たちがいます。たとえば友人やパートナー、仲間たちがそうですよね。

ただただ、あなたという存在がそばにいるだけで、あなたを認めてくれる人がいるはずです。

そうした「仲間」を増やすことも、共依存を手放すことにつながります。

「自分はひとりではない」という安心感は、あなたから孤独を遠ざけるので、他人に従属することは減っていくでしょう。

あるいは自分自身を良き相棒、親友にしましょう。

かけがえのない「自分という存在」を友人に持ってください。

自分自身を友人にしましょう。

そして、友人である自分を理解してあげてください。

たとえ落ち込むことがあっても、友人に声をかけるように「この出来事から何を学べるだろう。ここから成長できる学びとはなんだろう」と自分に問いかけてみてください。

たとえ失敗しても、それは「自分には未熟な領域がある」と、考え直しましょう。

失敗とは「未熟で未開拓なフロンティアな領域」が発見できたことなのです。

失敗したら「ああ、私はもうダメだ」と思うのではなくて、

自分という存在に敬意を払い、肯定しつつ、自分の成長できる未熟な領域を認めましょう。

全否定でもなく、

全肯定でもない。

ただあるのは、自分のなかにある成長できる余地のある領域です。

「できるか。できないか」

「ダメか。ダメでないか」

そんな「白か黒か」といったオール・オア・ナッシングの思考では、自分を追い詰めてしまうでしょう。

たとえ上手くいかなくても「もう私はなんの値打ちもない」と断定できる証拠なんて、この世界には微塵もありません!

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米国催眠士協会認定ヒプノセラピスト

わたなべいさお