「あの人のようになりたい」と思うほど、苦しくなることがあります。
SNSを見ていると、「この人は順調そうだ」「充実した毎日を送っているな」と感じることがあります。
その瞬間、「それに比べて私は……」と、自分を責めてしまう。
けれど、その苦しさから抜け出すために必要なのは、「もっと頑張ってあの人に近づくこと」ではありません。
むしろ一度、他人から目を離し、自分自身に目を向けることではないでしょうか。
他人の生き方がすぐに見えてしまうSNS
SNSを開けば、誰かの日常や仕事、成功体験が次々と流れてきます。
「楽しそうだな。」
「仕事がうまくいっていて羨ましい。」
「私には、とても無理だ。」
そんなふうに感じた経験のある方も少なくないでしょう。
以前なら知ることのなかった他人の人生が、今では簡単に目に入ってきます。
だからこそ、自分よりも恵まれているように見える人に出会いやすくなり、自分と比べてしまうのも無理のないことなのです。
人は「ないもの」に目を向けやすい
人は「ないものねだり」をする生き物です。人は、自分にないものを持っている人を見ると、自然と心が動きます。
「あんな能力があればな」
「あの人みたいな経歴だったら」
「あの人みたいな人生を歩めたら」
そう考えているうちに、「私にはない」「私はできない」という思いがふくらんでしまう。そして苦しくなる。
「あの人に持っているものを、私は持っていない」と感じられた。けれど、それは本当に「あなたに価値がない」という意味ではありません。
それはただ「自分にないもの」に意識が向いているだけなのです。
「誰かに憧れる」のは良いことなのか?
羨ましいと思える人に出会った。「私もあんなふうになりたい」と、その人を憧れた。
誰かを憧れることは、決して悪いことではありません。
その人を目標にしたり、師匠やメンターとして学ぼうとしたりすることもあるでしょう。
一見すると、それは前向きな姿勢のように思えます。
しかし、私は少し違う見方をしています。
誰かに強く憧れているとき、人は自分自身を見失いやすいからです。
「憧れる」とは、理想の人や生き方に心が強く惹かれることです。
そのとき私たちの意識は、自分ではなく相手へ向いています。
言い換えれば、自分の人生よりも、誰かの人生を見つめている状態です。
もちろん「憧れることは悪いことなんだ」と言いたいわけではありません。
ただ、他人ばかりを見続けていると、自分自身の人生が置き去りになってしまうことがあります。ここに気をつけたいのです。
他人よりも、「あなた」という人を知ってほしい
どれほど苦しくても、私たちは自分自身の人生を生きるしかありません。
誰かを羨ましく思うことは、一時的な慰めになることもあります。
けれど私たちは、他人の人生ではなく自分の人生を生きなければいけません。
私の父は無学文盲でした。
祖父母もおらず、幼い頃、勉強を教えてくれる人はいませんでした。
持病の悪化に十年以上苦しみ、仕事を続けることが難しかった時期もあります。
きょうだいのいない私は、両親の介護も一人で担ってきました。
苦しかった。
何度も、他人の家庭を羨ましく思いました。
それでも、私が生きることのできる人生は、自分の人生だけでした。
だから少しずつ、自分自身を見つめ直すしかなかったのです。
自分自身のリソースを知るということ
「自分には誇れる実績なんてない」
「人より優れた能力なんてない」
そう感じてしまうことがあるかもしれません。
私も、そう思ってきました。
けれど、不思議なことに、自分という人間をいちばん知らないのは、自分自身だったりします。
私たちは、自分の欠点や失敗には敏感でも、これまで積み重ねてきた経験や、当たり前のように身につけてきた力には気づきにくいものです。
だからこそ、ときには立ち止まり、自分の人生を振り返ってみることが大切です。
どんな出来事を経験してきたのか。
何に悩み、何を乗り越えてきたのか。
どんなときに喜びを感じ、何を大切にして生きてきたのか。
そうした一つひとつを丁寧に見つめ直していくと、自分では気づかなかった「リソース」が少しずつ見えてくることがあります。
他人を羨ましく思う気持ちは、誰にでもあります。
けれど、そのたびに「他人の人生」へ心を向け続けていることに気づくのは大切です。
ときには自分自身を知る機会を持ってほしいです。
あなたが歩んできた人生は、誰とも同じではありません。
だからこそ、あなたの人生には、あなただけの経験があり、あなただけの価値があり、あなただけのリソースがあります。
そのことを知ることは「羨ましいあの人」みたいになることではなくて、「自分自身を生きる」ための第一歩になるのではないでしょうか。
心理セラピスト
わたなべいさお


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